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村松大神宮(東海村)茨城のお伊勢さん(内宮)を参拝!神社・御朱印めぐり

村松大神宮 東海村 御朱印

 

今回紹介するのは茨城県東海村の「村松大神宮」です!

「茨城のお伊勢さん」と親しまれているパワースポットで、隣には村松虚空蔵がある大きな神社です。

茨城県の神社・御朱印めぐりで訪れたいおすすめのスポットですよ。

このページでは、村松大神宮の由緒やご利益、境内の様子、御朱印、周辺の神社仏閣も紹介しています。

 

村松大神宮(東海村)を参拝!神社・御朱印めぐり








神社の概要
  • 御祭神:天手力男命、天照皇大神、萬幡豊秋津姫命
  • 御利益:開運厄除
  • 創建:708年
  • 例大祭日:春季大祭 旧暦1月15日、秋季大祭 旧暦9月29日

お伊勢さんの内宮にあたる神社です。同じ東海村に外宮に当たる「豊受皇大神宮」もあります。

茨城のお伊勢さん(内宮)の御由緒と御祭神

大神宮の創立ははなはだ古く、「和銅年中(西暦700年頃)奉斎」と伝えられます。 神社明細帳によると 「和銅元年(西暦708年)4月7日平磯前浦の巨巌怪光を発射しその光眞崎の浦に留る。住民畏れて占う。『伊勢の神なり』と。垂示に従って奉斎。祀職伊勢より来りて奉仕す。」 と記されています。 おもしろいことに、近隣のいくつかの神社にも同じような言い伝えがあり、同じ頃に同じようにして創立されたことがうかがわれます。引用:村松大神宮

近隣の神社で同じような言い伝えがあるというのが、外宮とされる「豊受皇大神宮」です。全く同じ由緒が伝えられています。

当時は五所明神(伊勢・賀茂・祇園・稲荷・春日)と称したと伝えられています。「皇大神宮(伊勢神宮内宮)」の分霊を奉斎する由緒あるお宮です。

康平3年(1060年)には源頼義・義家父子、奥州討伐の際に戦勝を祈願し、社殿の造営・神領の寄進がありました。

その後、戦乱の世となり荒廃し祭祀ができる状態ではなくなったため、戦火を逃れるため永享七年(1435年)ご神体を奉じて、奥州名取郡藤塚に奉遷したとの事です。

そして江戸時代。徳川幕府が開かれ朱印地三十三石一斗九升と神地二十四町の寄進。水戸藩主・徳川光圀公が元禄七年(1694年)に新たに神殿を造営。

あらためて伊勢皇大神宮より「御分霊」を奉遷。「天照皇大神宮」と奉称し、神宝・神器を奉納、参拝されたと伝えられています。

水戸光圀公が遠くへ足を運ばなくてもお伊勢参りができるように、伊勢の皇大神宮を分祀して村松皇大神宮を造ったわけですが、その際に伊勢の阿漕ヶ浦から魚を持ってきて池に放したという話も伝えられています。

 

村松大神宮の近くにある東海村の「阿漕ヶ浦」には不思議な言い伝えがたくさん残されています。

また昔から阿漕ヶ浦と日立市の泉ヶ森が底でつながっているとか、阿漕ヶ浦に打出の小槌を投げ入れたら泉ヶ森の方に浮いて出たとか。いわき市の沼の内弁財天につながっているとか色んな言い伝えがあるんです。

御祭神

 

御祭神
  • 天照皇大神
  • 天手力男神
  • 萬幡豊秋津姫神

伊勢神宮より直接「御分霊」されている村松大神宮の御祭神は、伊勢神宮の「内宮」と同じ三柱の神様を御祭神としています。


 

村松大神宮へ鳥居からまっすぐ先へ進んでいきます。(駐車場も鳥居の先にあり)

 

参道には御神木の「楠木」が二本空高くそびえているため、参拝者の目を引く存在です。

 

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鳥居の左隣には村松虚空蔵の寺号標や山門がありますが、大神宮とは別のお寺の建物なのでご注意を。

 

もう一つの鳥居を進むとすぐ右手に手水舎。(左右の銀の筒からセンサーで水が出てくるタイプ)

鳥居の先にはまっすぐに参道が伸びています。

「義公」と書かれた大きな石。

「義公」は由緒でも登場した水戸黄門でお馴染みの水戸光圀公のことです。この石は水戸黄門が腰をかけたとされている石です。








村松大神宮の「なで犬」

 

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参道の途中の左側に犬の像がたくさんあります。

なで犬の像で、なで方によっていただけるご利益が異なるものです。

なで犬の御利益となで方
  • 子宝を願う方→親犬と自分の干支の子犬
  • 安産を願う方→親犬と生まれてくる年の干支の子犬
  • 子供の成長と健康を願う方→子供の生まれ年の干支の子犬
  • 子供の平癒、健康、長寿を願う方→自分の干支の子犬

安産祈願・子孫繁栄・健康成長を願う方は、ぜひなで犬を撫でて行きましょう。

拝殿

 

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拝殿は間口六間・奥行四間。

火災で焼失したため明治34年に再建されました。「入母屋造」で向拝殿は「千鳥破風」になっています。

間口三間半・奥行二間の「神明造」

本殿は伊勢神宮内宮を模して建てられています。

参道を進んでいくとつきあたりに拝殿があります。

こちらへ参拝させて頂きました。

晴嵐神社(せいらんじんじゃ)

拝殿の左手へ進んでいくと晴嵐神社(せいらんじんじゃ)があります。

  • 御祭神:大己貴神(おおなむちのかみ)
  • 御神徳:病気平癒・身体健全

ご祭神の大己貴神は、出雲の神様「大国主神」という名前でも知られる神様です。

健康祈願はもちろん、呼吸器守護、不治難病の全快・平癒祈願に御利益があると言われています。

晴嵐神社の由緒・創建については昭和初期のころ。

村松大神宮の近くにある「国立療養所 晴嵐荘病院」(現在は史跡)の小高い丘に病気平癒、治療成就、医学の発展を祈願して、医学・薬学の神様である「大己貴神」を御祭神として祠を建て祭ったのが始まりと言われています。

晴嵐荘病院は日本初の国立療養所。当時不治の病と言われた結核専門の療養所だったそうです。

終戦後に国立の施設内に神社の存在があることが認められなかったため、遷座せざるお得なくなり、村松大神宮の末社として現在の場所に御鎮座となりました。

現在でも病気に悩む方々が参拝されています。

大病を患った大神宮の職員の方も長期に渡る治療の末、退院し新明奉仕に復帰するほど回復したと伝えられています。

愛宕神社

  • 御祭神:火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)
  • 御神徳:火伏せ(鎮火)・盗難除け・家内安全

火伏せの神は、火難を防ぐ神様、盗難を防ぐ神様ということで、家内安全につながる神様として信仰を集め、家内安全を願いお参りする方も多く訪れています。

火の信仰は京都府嵯峨にある愛宕神社の若宮に火之迦具土神という火の神様をお祀りすることから生まれたと言われています。

最初は小さな祠に火之迦具土神を祭っていたそうですが、昭和58年に社を建てて「愛宕神社」として現在に至ります。

 

村松大神宮の周りにも鎮守の杜が広がっているので、樅の木・椎の木・松・朴の木・椿などが自生しています。春には社務所の周りで桜が、秋の拝殿の周りは見事な紅葉が見られます。

大神宮が鎮座する山は「真砂山」と呼ばれています。

山というよりも砂丘です。かなり広範囲の山だったので、現在の真砂山と呼ばれている部分は、昔の真砂山の一部なのでしょう。東海村の海岸線一帯の砂丘の呼称だったそうですよ。

 

砂丘のため地形の変化が激しく、砂嵐のため一晩にして「一ヶ村」が埋もれてしまったという伝説さえあります。

現在は防砂林が砂の飛散を防ぎ、砂による被害もなくなりました。 きめが細かい白砂は、昔から「幸と富をよぶ神土」と崇められ、「真砂山」の美称となりました。

 

まずは晴嵐神社のすぐ隣にある疱瘡守護神社と淡島神社を合祀する社です。更に境内社がたくさん並んでいます。

 

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三峯社の鳥居の先は、緩やかな山道のようになっています。

拝殿の右手にある小さなトンネルの先にも境内社が並んでいます。周辺には苔が生えていて趣のある雰囲気です。

先に続く道は「村松海岸」へ道が続いています。








茨城百景の村松海岸

 

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村松海岸へ向かって歩いていくと砂丘に出ます。

晴れた日に歩くと場所によっては砂の中に足首くらいまで沈むときがあるので、かなり体力を使う場所です。沈む前に次の足を動かさないとって感じ(汗)

写真で見たり、遠くから見る分には大したこと無さそうなんですけどね。

 

 

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村松(東海村)は、松の名所として知られていました。徳川斉昭が「村松晴嵐」と名付けて水戸八景の一つに選定した景勝の地です。

太平洋に面した東海村の海岸線の砂浜にある松林でです。現在はほとんどが日本原子力研究開発機構の敷地。

海岸線の砂浜に接続するクロマツ林は、河田杰博士により、大正8年から造成された海岸砂防林で、わが国の海岸砂防技術の基礎となった場所です。村松山虚空蔵堂の周辺と村松海岸は、白砂と青松のコントラストが美しく、水戸藩の第9代藩主徳川斉昭公によって水戸八景の1つ、「村松晴嵐」として選ばれています。引用:日本緑化センター

 

茨城一の宮大神宮の御朱印

村松大神宮 御朱印 茨城一の宮 茨城県東海村

以前いただいた村松大神宮の御朱印です。「茨城一の宮」と書かれています。

御朱印は拝殿の右手にある社務所でいただけます。

初穂料 各300円

知人の話によるとお寺の御朱印の隣のページには御朱印を書かないようにされているそうです。

村松大神宮で御朱印を頂く場合は、神社専用の御朱印帳をお持ちになっていた方が良いかもしれませんね。

春嵐神社の御朱印(書置のみ)、右は村松大神宮の御朱印。

限定御朱印情報

こちらの神社では限定御朱印の情報はありませんでした。

アクセスと基本情報

最寄り駅からのアクセス JR常磐線「東海駅」より 徒歩17分。

駅からバスでアクセスする場合は、東海駅から茨城交通「茨城東病院行」のバスで、「虚空蔵尊入口」下車。バス停からは徒歩5分です。

車の場合は、東京方面から常磐道友部JCTより北関東自動車道ひたちなか方面へ 「ひたちなかIC」で降りて、国道245号線日立方面へ約20分です。

基本情報

村松大神宮
住所 茨城県那珂郡東海村大字村松1
電話番号 029-283-1414
開門時間 9:00~17:00
御朱印受付時間 9:00~17:00
駐車場 40台・無料
公式サイト https://ibaraki-daijingu.com/








合わせて参拝したい東海村の神社仏閣情報

村松大神宮 周辺 東海村 神社 寺院 おすすめ

東海村の茨城のお伊勢さんを参拝するなら、こちらもセットでお参りしていきましょう。「村松山虚空蔵堂(村松虚空蔵)」と「豊受皇大神宮(外宮)」です。

村松山虚空蔵堂(村松虚空蔵)

村松大神宮のすぐ隣に「村松山虚空蔵堂(村松虚空蔵)」があります。

日本三体虚空蔵尊のひとつで、平城天皇の勅額により平安初期大同2年(807)弘法大師によって創建されたお寺です。

厄払い・出世開運を祈願する多く、初詣、十三詣にもおすすめです。

村松山虚空蔵堂(村松虚空蔵)についてはこちら。

>>村松山虚空蔵堂(村松虚空蔵)東海村の村松さんで茨城の御朱印めぐり

村松山虚空蔵堂(村松虚空蔵)
住所 〒319-1112 茨城県那珂郡東海村大字村松8
電話番号 029-282-2022
開門時間 9:00~17:00
公式ホームページ https://www.taraku.or.jp/

 

豊受皇大神宮(東海村)

茨城のお伊勢さん(外宮)の「豊受皇大神宮(とようけこうたいじんぐう)」です。

創建は和銅2年(709)。村松大神宮と同じ由緒である神社です。

江戸時代に水戸光圀公が神鏡を奉納し伊勢豊受皇大神宮を奉遷。

境内は広くありませんが、綺麗で東側に白方公園があり、ゆっくりと散策を楽しむことができます。

>>豊受皇大神宮(東海村)で御朱印をいただきました~茨城の神社めぐり~

豊受皇大神宮
住所 〒319-1106 茨城県那珂郡東海村大字白方561
電話番号 029-282-2369

 

東海村の隣町である日立市の神社にも足を運んでみてはいかがでしょうか?車なら時間かからずアクセスできます。

>>大甕神社(大甕倭文神宮)星の神様が封印される日立市のパワースポット

>>【泉神社】日立市の泉が森は縁結びのパワースポット!茨城県の神社めぐり

その他の茨城県の神社仏閣をまとめた記事はこちら!

>>茨城県の神社・寺院を紹介~地元民も知っておきたい各地に残る歴史と文化~

 

 

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